レビューや指摘の受け取り方

エンジニア・デザイナーにとって、レビューを受けることは業務の一環です。
頭では分かっていても、指摘を受けた瞬間に「否定された気がする」「レビューが苦手」と感じたことはありませんか?

少なくとも私は、レビューを受けることにしんどさを感じていた時期がありました。
この記事では、私自身がレビューや指摘をどうフラットに受け取れるようになったかの体験談を紹介します。
レビューに慣れていない方や、指摘に落ち込みやすい方の参考になれば嬉しいです。

なぜレビューをするのか

レビューは、成果物を良くするために行うものです。
要件の抜け漏れを防いだり、ユーザーがより使いやすいよう修正したりするために行います。

こうした話は、これまでにも何度か聞いたことがある人も多いかもしれません。

一方で私自身は、頭では分かったつもりでも、いざ自分がレビューを受ける立場になると、
「自分に向けられた指摘」と感じていました。

ここから先は、このような受け取り方からどのような変化があったかをお話します。

「レビューしんどい」からフラットな気持ちで受け取れるまでの体験談

以前の私は、レビューの場になると身体が強張り、身構えていました。
レビューを受けるたび、「なんで前もって気づけなかったんだろう」「あそこもダメだった」と落ち込んでばかりでした。

レビューを兼ねたミーティング中も、よく「すみません」と謝っていました。
それに対してメンバーから、「謝らなくていい」「あなた個人に対してではない」とはっきりと伝えてもらっていました。
しかし当初、「レビューは成果物の改善のため」という意味がよく分かっておらず、「え、でも作ったのは私ですけど…」と内心思っていました。

それから注意深くミーティングの内容を聞いていくと、確かに話題は成果物であり、私自身については誰も追及していませんでした。
例えば私がデザインを忘れていた画面があると発覚したときも、「なぜこの画面が漏れているんですか?」という私への指摘はありませんでした。
メンバー同士で、次のように話が進みました。
Aさん:この画面が抜けてると思います。
的場:確かにそうですね。では次回までに市村さんよろしくお願いします。
市村:あ、はい!
Aさん:一応、今後漏れが出ないように、(こういう事実があったと)メモを残しておきますね

このように、私個人への追及ではなく、成果物を前に進めるために何をするか、という論点で話が進みました。

こうした機会を通して、「レビューは成果物の改善」という前提のもと行われるのだと、少しずつ理論と現実とが結びついていきました。
レビューを受ける過程で、メンバーからレビューの認識を根気よく伝えてもらえたことは、とてもありがたい経験でした。

また、自分自身でもレビューの受け取り方について、どうアクションするかを考えたことがありました。
レビュー後、自分が取りうるアクションは2つあると想定しました。

  1. 自分はダメだと落ち込むことに時間を使う
  2. 指摘内容をどう改善するかに時間を使う

この2択で考えてみると、落ち込むことはあまりメリットがあるように感じませんでした。
私の場合は落ち込みだすと反省までたどり着けず、ただただ時間を溶かしがちだったためです。

それであれば、一旦指摘内容をどう改善案に落とし込んで行くかに目線を切り替えた方が、建設的に時間が使えると考えました。
レビューの場で感情が動くこともまだありますが、そこから目線を成果物に戻す、という選択を意識的にしています。

私がレビューをフラットな気持ちで受け止められるようになったのは、
メンバーからの声かけや、レビュー後の振る舞いを考えてみた経験が主立っています。

最後に実はもう1つ。
「慣れ」もあったと思います。

デザイナーである以上、レビューはあるものです。
回数を重ねる過程で、少しずつ耐性がついたようにも感じています。

きちんとレビューしてもらえるのはありがたいこと

レビューにしんどさを感じていたと話してきましたが、
実はその「しんどさ」を感じなかったレビュー経験もありました。

ある案件でレビューを依頼したところ、「いいですね」というレビューばかりが返ってきたことがあります。
当初は、「しんどい思いをしなくてよかった〜〜!」と喜んだのですが、あとあと不安な気持ちが込み上げてきました。

本当に見落としはないのか、後から「ここが足りない」「これはどうなっているのか」と言われることはないか。
レビューが終わったはずなのに、確認しきれていない感覚が残りました。
かといって、再度レビューをお願いするのも、相手を疑っているようで気が引けました。

こうした経験を通して、レビューがある環境はありがたいことだと気付きました。
同時に、レビュアーの方たちも時間や労力を割いてレビューしてくださっていることを忘れてはいけないと感じました。

建設的なレビューをもらえる場合、自分では気が付かなかった発見が含まれていることが往々にあります。
こうした発見があると、自分自身の知識がアップデートされていく感覚があります。
そういう意味でも、レビューがある環境は今後も大事にしていきたいと思っています。

まとめ

レビューを受けるときにしんどさを感じていた私が、フラットな気持ちでレビューを受け取れるまでの経験をご紹介してきました。
今でも、正直レビューが返ってきたときは一瞬身構えてしまうこともあります。

しかし、メンバーの方からかけていただいた言葉を思い出したり、
目線を自分自身から成果物に移すように心がけたりして、折り合いをつけるようにしています。

レビューへの向き合い方は、回数を重ねる中で少しずつ慣れていく側面もあります。
最初からうまく受け止められなくても、焦らず経験を積んでいってほしいと思います。

最後にもう一つだけ、印象的だった話を。
以前、的場がミーティングの中で「忙しさや体調によって、(レビューなどの)言い方がぶっきらぼうになることもある」と話していたことがありました。
確かに、レビュアーも人間だからいつでも完璧な振る舞いができるわけではない、と聞いたときに思いました。
それ以来、レビューでの口調や言い回しに引っ張られすぎず、「何を指摘しているのか」という本質に目を向けるよう心がけています。

レビューを通して、成長の糧となる受け取り方を今後も模索していけたらと思っています。
この記事を通して、1つでも参考になることがあると嬉しいです。

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